昭和29年頃のらかん写真館

昭和29年頃のらかん
昭和29年頃のらかん写真館

ニューヨークで10年営業したらかんスタジオは、帰国後阿佐ヶ谷で5年営業したのち、昭和10年吉祥寺に移転しました。その店舗は戦争で強制的に壊され一旦三鷹に疎開。戦後再び吉祥寺の元の地に戻りました。その店舗が電信柱のかげのこの店です。建築材料不足の時代で貧弱な店でした。

静物写真

1925年入選静物
STILL LIFE(1925 年アメリカンフォトグラフィー誌入選作品)

ニューヨークらかんスタジオは、人物撮影のほか、いわゆる芸術的写真の製作にも力を入れていました。風景写真、ヌード以外に、果物や皿、楽器などを美術的に撮影していたのです。これは販売のためではなく、ひたすら美術写真をクリエイトしたいという意欲の現われでした。

出写で事故

組立暗箱
組立暗箱

昔は、入学式の写真やアルバム用のクラスの集合写真を撮りに、よく学校まで出写に行きました。重い八つ切り木製組立暗箱をかつぎ、フィルムの入った撮りわくを数枚持って保谷小学校に行ったときのことです。
組み立てたカメラにカブリという黒い布を掛け、生徒をうまく並ばせようとカメラから離れたときに突風が吹いたのです。

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